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骨石、愛のエッセイ


あの頃は下着姿に欲情していた

骨石2004年03月11日

 

長い間、私は女性の下着姿に飢えてきた。永遠に見果てることのないそれは遥かな憧れであった。今ではもはやそれだけで勃起することもなくなってしまったが、一時はその予感だけで陰茎は屹立し、先走り汁が出るほどであった。

その下着姿とは、しかし恥じらいがなくてはならなかった。扇情をもろに出すものは不可である。何気なく見せながらそこに無意識の含羞がにじみ出ていなくてはならない。

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生々しくその奥に確かに在るものを感じさせながらあたかもないかのごとき風情を見せて欲しかった。まぎれもなくそこに覗く白い影こそが穢れなき女子のパンティであり、ひそやかな股間を包んで間然することのないしとやかさを感じさせるが、凝視のうちに女陰も透視できるかと希求したのである。私はだから下着は女子の肉体と共にあるのを好むので巷間見受ける下着泥棒や下着売買には興味がない。女子の体から離れた下着はそれがどんなに美しい意匠であろうと意味がないのである。意匠うんぬんでなく、そこに密着してある女子の秘部と関連して私の情欲を高めるのだ。

これらの孤立した下着 のさまに興はのらない

http://yyuu.jp/より拝借)

しかし女子の生の女陰は常に遠いものであり。顔を接近させたり指を挿入することは困難のきわみであった。そもそも生の下着姿の女性を目の当たりにすることなど夢のまた夢の幻だと思っていた。私にその日がやってくるのは意外に遠かった。

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清楚な少女 その股間 同じ

電車の中の美少女は皆清楚であり、股間はぴったりと閉じられていて、白い太股が見えてもその奥の純白の下着までは見せてくれなかった。パンティはむやみに見せてはいけない、まして男に指を入れられてはならないという規範が広まっていた。膝は常に閉じられて暗い三角地帯の向こうには闇があった。今では考えられないが、そんな闇の三角地帯の時代があった。闇は深く暗ければ暗いほどその奥を見たいという情欲を誘った。女子の閉じられた太股は、しかし細い目の太股にはまだ救いがありその奥がかいま見られることもあった。太すぎる太股は股間が豊満な肉で満たされ、付け根の奥は肉で覆われて醜悪な様相を呈していた。だから私は細めの太股の股間を好んだのだ。

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真向かいの女子の股間 おとなしそうな
女生徒

もし居眠りをしている女性がいれば、私はきっとその人の股間を凝視した。しかし長いスカートだったりズボンなどを身に付けていれば意味がなかった。ミニスカートの股間こそ聖地であった、私はその中に顔をうずめ、股間の匂いをかいで天国へ行きたかった。天国は遠かった。

神の視点から あまり感心できない姿である 無防備のエロティスム 青春女子大生
大学祭でのひととき

着替え姿を見るのも永遠の憧憬であった。女子が見られていることを知らず、着衣を徐々に脱ぎ去って下着姿になる姿はエロティスムの極地かと思えた、私もその場に立ち会って、その美しくえんやな所作を見たい、この手に包み取りたい、頬擦りしたいと思った。

映画などで描かれる女子の着替え姿には胸をときめかせたが、粗雑な描写が多かった。まるで下着の描写などは汚らわしいとばかりそそくさと流して恥じないものばかりだった。その下着こそよく見たいと思うのに、編集は過程を飛ばして早々と裸を映すのであった。

最初は女子の通常の着衣姿から、一枚一枚服を脱いでいく姿をフィックス(固定)で撮影すべきである。お洒落であったり清楚であったりする女子が徐々に肌をあらわにしていく過程、白い薄物の下着姿になる所は普段目にする機会が非常に僅少なのである。無能な制作者・演出者は性愛場面の演出に、男女が着衣のまま抱擁する場面の直後に裸で絡み合う姿をつなげる。ひどい場合はいきなり行為が終わった場面につなげてよしとしている。その間の一番重要な時間空間の描写を省略してしまうのである。私はその中間の姿を見たかった。

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幸福を感じる瞬間

そそる着替え姿

脱衣場での体

大島渚監督の「青春残酷物語」(1960)で不良男が屋外にてアベックを襲い、男を叩きのめして川に落とし、女を強姦する場面がある。その際、描写は男が押し倒した女のスカートを足で蹴ってまくり、ふくらはぎが少し覗いたところでカットし、それを脇で見ている同行の仲間の気の弱い男が「ああ、あんなことをしてるよ」と言い強姦の場面を暗示させてこのシーンは終わりである。

女の着衣(清楚な白いブラウスと紺のロングスカート)を剥ぎ取り、おそらくまだ処女であろう女の裸体を開いて強姦する決定的なシーンはまったく割愛と来ているのでは情けない。

全身を嬲られるときの女の苦痛に満ちた表情、そして清楚なまだ恋人にも触れられていない下半身を強引に剥かれて当時(昭和35年)であろうからフリルなどもない質素なパンティを引き下ろされ、その処女の聖地に怒張した陰茎を挿入する、その時処女は苦悶に満ちた狼藉に耐え、男は激しい腰使いの果てに盛大に中出ししたのだ、例えようのない快楽と共に。

大島監督は、今演出するならきっと以上のような描写を念入りにしたであろうと想像する。ちなみに犯された女子はその後自殺するという悲惨な筋書きであった。強姦は犯罪だが、強姦描写は終始詳細に描くべきであった。

映画の話が続くが、ベルイマンの「処女の泉」(1960)はその点で当時画期的な性描写で話題になった。こちらも強姦だが、美しい天使のような少女を、無宿者が強姦するのである。ある小さな川のほとりで、少女が親切にしてやった無頼な男が劣情の衝動に負け、少女を襲う。そのとき、カメラは横たわっている二人をほぼ真横からとらえる。開かれた少女の足の間に男の腰が 埋まっている。明らかに挿入した状況である。

少女がうっとうめいて体をのけぞらせ苦痛の表情を見せたかと思ったら、射精は早々に終了したらしく、男が離れる。立ち上がった少女が泣きながらとぼとぼ歩き始めるその背後に、強姦した男は棒で少女の後頭部を殴りつけて殺してしまう。この一連の流れも、今の目で見ればずさんな演出といわねばならない。

男が少女を押し倒す。暴れる少女の腕を押さえつけ、男は少女の長いスカートをまくりあげる。まだあどけなさの残る少女のほっそりした太股から、さらに下着が現れる。 下着は中世風のドロワーススタイルで裾には小さなフリルの飾りがあるかもしれない。男はその下着を乱暴に引きおろす。描写はリアリズムに徹し、淡々と描かれる。

恐怖にさらされた少女のいとけない下半身が露出する。わずかな陰毛があるかもしれない。 下半身を剥がされた少女は迫り来る暗黒に足を閉じることさえできない。男はその両足を大きく広げ、陰部をさらす。今だ処女の女陰がカメラの前に暴かれる。

男は右手の中指に唾をつけ、少女の陰部を濡らす。あるいはクンニリングを施すかもしれない。何度も少女の陰部を舐めてべとべとにし、黒い汚らしい 勃起した陰茎を少女の女陰に添え、腰を突く。

その瞬間少女がのけぞり、苦痛の表情を見せる。男は挿入された陰茎を何度も往復し、少女の苦悶の顔を楽しむが、意外に早く終わってしまい、中出しで果てる。16世紀には性交は中出しが当然で顔射 はおろか腹出しもまだ開発されていない。

男は性行為は久しぶりで早くに果ててしまった。激しい快楽に満足する。陰茎を抜去して腰を落とす男。
少女は立ち上がり、泣きながら立ち去りかける。股間からは精液が垂れている。

来るべき映画「処女の泉」から(革命うんぬんの文字は無関係)
暴漢、処女を犯す(処女は苦悶の表情) 激しく突く 第1回目の終了

腰をおろしていた男は少女を追い、肩を抱いてキスしようとする。顔をそむける少女。しかしなおもキスを迫る男に強引に唇を奪われる。そこへ、無宿者仲間が一人やってきて(今まで木陰にて眺めていたのだ)少女を抱き寄せる。最初の男は画面から去り休息を取る。少女は二人目の男と 殺伐たる性交渉をする。今度は後背位で犯されるかもしれない。もはや少女は人形のように玩弄されるのみである。さらに最初の男も回復して加わり三つ巴の暴虐行為が繰り広げられる可能性もある。

二人目の男と

もしベルイマンが現在「処女の泉」を再映画化するなら以上のような演出をするはずである。

下着から映画の性交描写に話が移ってしまった。性交描写 (特に強姦描写)はそこに至る過程で必然的に仔細な下着描写が必須であるというのが私の従来からの考えである。

(2002-2004)

以上は私の長年の夢想と映像鑑賞の蓄積から2002年に書き上げた来るべき理想の映画であったが、2004年3月現在、若干の加筆をした。加筆はしたがまったく想像力のかけらもない駄作以下のくだらないものであった。こんなものによくも力を注いでいたものだと慨嘆する。

中世の強姦描写などに力を入れる必要などまったくない。


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