長詩
かつて在った日々への断章骨 石(1973.10.14)
ぼくは見た、偉大な夜の偉大な昂揚
ぼくは見た、偉大な天の偉大な昂揚
ぼくは見た、偉大な世界の偉大な昂揚
ぼくは見た、偉大な宇宙の偉大な昂揚
そして。
異常な空気の彷徨する白い朝、昨夜来から、切迫するほどにぼくの肺をしめつけるのは、偉大な少女の偉大な微笑
長い旅からの帰還、その時のせり上がるような興奮はたまらない
百メートル競走のスタートラインに用意の位置から破裂音を待つまでのせり上がるような興奮もたまらない
この世にいくつかの興奮があってとして、
地球の底にゆるやかにたゆたいながら落ちて行く時の恐怖と隣接した興奮
それは全ての興奮に共通した興奮
ああ! また絶叫と胸かきむしられる今宵一夜の悲しみ
ぼくの悲しみはぼくひとりのものであり
ぼくの喜びもまたぼくひとりのものである
ぼく自身の世界には、
もはや誰も入り込めない!
嵐の絶叫嵐の絶叫嵐の絶叫
激しく吹き荒れる嵐の絶叫
誰にも聞こえない誰にも聞かせない
現在と過去の様々な幻影が通り過ぎる
ぼくの背後をすり抜けて行く
ぼくには見ることができない!
ぼくには何もない、
ぼくには何もない、
観念の渦、観念の渦、ぼくは観念した
詩的なセンチメンタリズムが支配している
詩的なセンチメンタリズム?
センチメンタリズムはどれも詩的ではなかったか?
君はそう信じていた
君はいつも信じていた
固く固く信じていたのだ
甘ったるい詩的なセンチメンタリズムが支配するこの世界に
もはや誰も入れない
あまりに私的な
理解できない悲しみと喜びが
漂っているここに
一体誰が入って来られよう!
ぼくは考える
長い長い思考を続ける
暁の混沌たる大気の底にて
手紙を書こう
長い長い手紙を書こう
一日中書く
一週間書く
一ヶ月書く
一年中書く
長い長い思考をしよう
長い長い……
我が魂の棲む庭園にて
我が華の咲く庭園の花壇にて
天より降ってくるのは
影である
永遠の影
人の影
花の影
庭園の影
全ての物に永遠の影を落としている
ぼくはやめた
夢を見た
どりぃむのなかにはいった
どろどろのせかい
てごたえのないせかい
やわらかいせかい
事物はぼくの足元から流れて行く
それと一緒にぼくも流れて行く
ぼくは流れた
ぼくは流れた
ぼくはぼくの足元から次第に流れて行った
流れた
ぼくの目、鼻、口、手、胸、臍、ペニス、足、かかと、つま先、爪、頭髪、陰毛、皮膚の襞までが一緒くたになって流れた
その少し後で、
ぼくの怒り、喜び、悲しみ、その他モロモロが流れた
流れた
流れたぼく
いや違う!
ぼくは何も物語など欲しくない
退屈なロマンスに何の楽しみがあろう
静止した時間に佇む
透明な瞳の少女たちよ
君らには、もはや何の希望も見出せなくなった
誰?
誰ですか、
誰でもないだれか、
誰でもないだれかに会いたい
波止場の水に沈んでいる、
行方知れずの感情よ
ぼくは君と話がしたい
永遠の純粋を失った、
空の深さを捨てたのだ
そのぼくが信じようとしているのは
再び訪れる感傷でありそうで、
ひとりぽっちのナルシシズムになりそうで、
あきらめてしまったのだから、
雑踏の中、ぼくが歩く、
すれ違って行く数限りない人々の間から
ぼくが死んでしまったその後、
およそ一万年後に現われる、
ぼくの初めて会う恋人……
その面影と出会うこと、
パン屋、洋菓子屋、フルーツパーラー、スナック、明るい通りへの昇華と……
露出オーバーの白っぽい通り……
ふと現実がぼくの網膜から浮上して行くと
ぼくの立っているところ、
ぼくが手をさしのべるそこの空気が
しゅうしゅうと蒸発してゆくのだ
白い空気の煙る向こうに
見える人影を信じている
馬鹿みたいに
永遠の闇は
一瞬をやすらがせない
永遠の沈黙は
ぼくのひとときをやすらがせない
永遠の生、
永遠の愛、
天井に浮かぶ切断された満月、
永遠の生はぼくをいらだたせ
永遠の愛はぼくをあせらせる
走れ、走れ、
雲よついて来い、
空よ、永遠の青さをぼくに与えよ!
充実しきった自然をぶち壊せ!
湖底に沈んだロッキングチェアにもたれ
ひとときの闇にやすらごう
ひとときの沈黙を満喫しようじゃないか
さあ、少女よ!
君たちの生きた緑の時代とともに
突入だ!
空気の歪みの間隙に君の細い指を差し込んで、一気に引いてみるがいい
世界は大きくひずみながら、静かに空気をふるわせ真ッぷたつに割れたかと思うと、
急激に回転をし始める、
空気の渦が巻き起こり、
君の体もひとさし指も、
髪も瞳も唇も、
遠い日の出来事の記憶と一緒に、
舞いあがれ、いま、世界が飛ぶ!
そして、
永遠の闇! 永遠の沈黙!
君は耐える、
君は耐える、
君は耐える、
数千年の暗黒時代の底の底、
気の狂う永遠の闇を、
手を頬にあて君は耐える!
落ちて行く落ちて行くわたしの思考が落ちて行く永遠の空洞へ落ちて行く果てしない穴の底へ落ちて行くといった気が違わんばかりにわたしの体に闇が浸透するわたしの瞳に闇が浸透するわたしの肩にわたしの乳房にわたしの陰毛にわたしのワギナにわたしの子宮に永遠なる崇高な闇が浸透するその感じその感触その手ざわりその肌闇の肌とわたしの肌がすれ合いこすれ合い熱と共に重なり合い互いに吸い込まれてゆくのだその時間その空間その瞬間の空気=大気=思考=意識=存在=わたしの体は数千年の沈黙の果てまで生き続けることを命じられたのにわたしのからだは永遠に生き続けることを命じられたのにわたしのからだは宙ぶらりんで裸のままで落ちて行く落ちて行く落ちて行くのにその感じその感触その熱はわたしの体の奥底からマグマのように常に煮えたぎっているこの熱この生この愛をたれにも放射することができない数千年の沈黙の果てまでわたしは生き続け燃え続けていなければならないのだったああああああ……
君は泣くか、
君は泣いてしまうのか、
そんな、唇ゆがめて、
涙あふれさせ泣いてしまうのか、
よしてくれ、泣いたって仕様がない
君は君の孤独に泣く、
君を包む、底知れない永遠の偉大さをおそれる、
君は大きな世界にひとり残されたことをおそれて泣く、君はおびえている、君はさみしがっている、君はひとりぽっちで泣いている
ぼくは泣く、君を見て泣く、大きな世界に君をひとり残してきたことを悔やんで泣く、いや、そんな、ぼくが何をしたのだろう、ぼくが君に対して愛を、愛のひとかけらでも示したことがあったか、ぼくはただ、君がひとりいるのをいつも見ているだけだった
君はひとりぽっちでいるのを常としているかに見え、君の好きなのは君を包む永遠の闇であり、君に語りかける沈黙であると思っていた、けれど、君の明るい話し声は、決してそんな孤独を愛する人のものではなかった、君が好きなのは、きっと、笑顔交わして歩いて行く、そんな自分がほしかったんだ
君の孤独が君を襲う、君のまわりに再び孤独の暗い影がやって来た、君は、またひとりぽっちになっちゃった、きっとそう思ったんだね。
無尽蔵なイメージが次から次へと飛び出してゆく
様々な色彩をもって大空へ地の底へ、数限りないイメージの群れが飛び出してゆく
雲の影、
木の影、
草の影、
石の影、
水の影、
全ての影が広がってゆく
確かな動きをもって影の縁が広がってゆく
グングンと、
影は世界をおおいつくしてゆくのだ
君は、君の影を、
君自身のものから君のまわりの世界にまで広げてゆくのか、
君は影に包まれて泣きながら、
涙が次第にひろがってゆくように
君をおおう影も一緒に広げてゆくのか
君の影を、
君とは無関係の領域にまで及ぼそうとしているのだ!
何?
何と言ったのですか
君は泣いている
君は君のナルシシズムとロマンチシズムとセンチメンタリズムにひたっている
甘い甘い湖にひたっている
辛い辛い湖にひたっている
君は苦い水をなめながら
もう嫌なんだと、
心の中でつぶやいたね
神話の森に入って行く
類い希な樹木の生い茂る、
幻想の密林へ踏み込んでゆく
忘れてはならない
かすかな興奮を
はじめての宇宙への期待を
人間の原初の光景を見ることはできるか?
音もなくやってくる死神を信じているか?
どんより沈んだ天空を仰ぎ見れば
雲が流れている
天は見るうちにその表情を様々に変えている
笑っている、怒っている、などといった人間的なものから
至極観念的な表情まで
それは路傍の石ころを小川に投げ込んだときの
水の微妙な動きにも似ている
神話を信じるなら
振り返る風の音を聞くことができるなら
地に伏してごらん
冷たい土の息づかいが感じられる
樹木の言葉にならない言葉が
「君」を呼ぶ
「君」は気づく
君は「君」であることに気づく
いつのまにかの悲しみが
君の目の前に彷っている
手を伸ばして届く空気の上に浮かんでいる
それは君の目に見える
君は君の悲しみを見ている
君は悲しくなくなる
君の体から悲しみは去った
神話は君を信じた
君が神話を信じたとき
君は果てしない転落から
救われたのだろうきっと
あまりに手応えのない物語じゃないか
あんまりありきたりの物語じゃないか
ぼくは思う
救われた君をぼくは見ることができるけれど
見たくない
幸福な君は見たくない
君の笑い声はぼくには不愉快だ
ふん、君が笑うとき
ぼくはふしあわせ
こんな歌を歌った
歩く
ぼくは歩き続ける
ぼくは元通りの歩みを再開する
君は幸福
君はしあわせ
しあわせ、しあわせ、
ぼくでない君はしあわせ
だったんだ……
おお!
二十年後よ、時の流れよ!
突如ぼくの前に現れた
見ず知らずのひとりの幼い少女
ぼくは考える、
ぼくは考える、
この少女の、
十年後、二十年さきの、
すがたを……
電車の窓から見る、
振り向いた電柱の影に消えた、
出会い頭の突然に走り去った、
宇宙が、星が、大空が、
ぼくを思考の彼方へ誘い込む
さよなら、一言つぶやいて考える
はるかな思考の宇宙で思考する
少女、君は生きろ、
生きるだろう、
君は生きるだろう、
ぼくの知らないところ、
ぼくのいないところで、
君はきっと生きていて、
十年ののち、二十年ののちに、
ぼくの前に現れんことを!
その髪、瞳、唇が、
すべてぼくにほほえまんことを!
と、
ぼくはひとりで太陽舞い込む車窓にもたれ
考えている……
………………………………
ありがとうを言いたくない
白々しい空気、
人工降雨、
人工地震、
人工頭脳、
人工心肺、
人工授精、
ひとの生きているとき
荘厳なひびき聞こえるとき
生は重くきびしく激しくそして冷静に
くろい扉を開き、
学ぶ、知る、感受する、
応答あれ!
神秘の空間に呼びかけよ!
そこの小さな森の中、
よどみなく透明な深さを保つ沼の底、
ひとつの生が息づいていることを知ってほしい
知りたまえ!
人の生を知りたまえ、
地球上、否、あらゆる惑星に棲息する生物の生を知りたまえ、
君が生きる、ぼくが生きる、
犬が生きる、猫が生きる、蝿が生きる、ゴキブリが生きる、ライオンが生きる、蛾が生きる、よこばいが生きる、
ひまわりが生きる、菫が生きる、水仙が生きる、百日草が生きる、サルメンエビナが生きる、勿忘草が生きる、曼珠沙華が生きる、百合が生きる
数々の生命の中に紛れてぼくが生きる、君が生きる
君が生きるとき、立ち止まってほしい
ひととき、立ち止まり、あたり見回してほしい、そこに生があることを、感知してほしい、君の前で、うしろで、右で、左で、ぼくと無数の生命が存在していることを、知ってほしい、
君はひとりだ、
ぼくもひとりだ、
彼はひとりだ、
彼女もひとりだ、
Aはひとりだ、
Bもひとりだ、
甲はひとりだ、
乙もひとりだ、
いのち持つもの全てひとり
誰もひとり
生まれる時と死ぬ時、
どうしたってひとりぽっちじゃないか!
けれど、
考えてみよう、君がひとりの時、
君のそばに立ち止まったひとが、
次の瞬間には、君と並んで歩いている、
そんなことがあったって不思議はない、
生まれて死ぬ間、
何人のひとと出会うかわからない
わからない、わからない、明日の自分はわからない、そう、それ、何て素晴らしいこと! 明日何が起こるのか、明日誰に会えるのか、わからない、角を曲がった時、そこに誰がいるのかわからない、君の肩をたたくのが誰なのかわからない、何て素敵なこと! 驚き、その新鮮さ、道への無限の神秘性、胸ふるわせる出会いの記憶は、忘れ難く、消し難く、無上の興奮は醒め難い、それが生、それが君、生きている証左!
何故か、誰も聞かない、
もう何十年も昔の話、
もう誰も聞かない
話もしない語りもしない
昔の話
帰ろう帰ろうといつもつぶやいている
帰りたい帰りたいといつもつぶやいていた
目をつむり
しばし思い出にふける
そんなことは無意味だと知りながら
思い出し笑い、ふくみ笑い、あまりに悲しいじゃないか!
いつか口に出すのも嫌になるまで
それまで、
いや、もう忘れてしまった
忘れたことだ、
語ることはしたくない
そんなものになってしまった今、
ぼくは話すことができる
遠い昔の物語として
思い出し話すことができる
それは昔、遠い昔、はるかな昔、
ある小さなものがたり……
存在よ、生よ、いのちよ、
ぼくの背後に立ちぼくを見守らないで
ぼくの存在を、生を、いのちを、
母親のように見守ることをしないでほしい
ぼくは地にしみ込む水のように生きたい
ぼくは若い恋人たちの横に佇む空気のように生きたい
ぼくは姿なき少女の明るい笑い声を耳元に聞きながらけだるい眠りから覚める
かつてあった日々、
ぼくの目の中、瞳の奥、
下斜筋、上眼瞼挙筋、上直筋、外直筋、下直筋、視神経、飛び立て、宇宙飛行士、泳げ、大脳、ぼくの精神、渦巻き荒れ狂う嵐の精神活動よ、思い出、思い出、遠い思い出、はるかな思い出、記憶、記憶、忘れる、忘れない、思い出す、思い出す、歩こう、空を、海を、雲の上の太陽よ、白い朝、浜、砂、プール、道、自転車、太陽、雲、青さ、夏、暑い日々、学校、女の子、少女、大きな目をした小さな少女、かつて、あった時代、ぼくの時代、流れる、流れた、時は流れた、一年、二年、三年、ぼくの時は流れた、君の時も、流れたろォ、流れた、いつか、知らずに、知らない、知らなかった、知らなかったある愛、数々の愛、様々なる愛、色んな愛があった、通り過ぎる、ぼくの前を、通り過ぎた、数々の物語、物語、おはなし、童謡、子供の、子供のために、子供が生きるため、生、生命、いのち、何十年という人生の間に一体どれほどの物語が一個の人間の中で生まれ消えて行くのだろう、生まれ、消える、生まれ、消える、残す、思い出を、消そう、思い出を、忘れよう、遠い記憶、過ぎた昔、消える、消える、消える、白い雲を見よう、野原にねそべり、ビルの屋上から、煙突の煙ごしに、青い青い空の上、白い雲ひとつ、ふたつ、眺めよう、雲よ、流れる雲よ、おまえは何処からか流れてきて、いつの間にか行ってしまう、何処から? 何処へ? 雲よ、何処へ行くんだ、ぼくの視界にある間、おまえは様々な表情を見せてくれる、とどまることを知らず、おまえはどんどん変わって行く、おまえはおまえであり続けることを拒否する、あの日、夏の暑い太陽降りそそいでいた、遠い日の雲も、ぼくたちの上空で流れていたのだろう、ぼくの目は、いつも
君にそそがれていたので、その時の偉大な天の偉大な愛の存在を、全く無視していたに違いない。
長い長い時が流れる、
ぼくの荒野幾度となく風が吹き荒れる、
木々は裸の痩せ身をさらし、
乾いた砂が天高く舞い上がる、
旅人よ、立ち去るがいい、こんな土地に長居は無用、荷物抱えて地平線を越えたまえ、君の世界はまだまだ先さ
長い長い旅路の果てに
待っているのは何だろう
暗い夜、寒い夜、冷たい夜、孤独の夜、
幾数の夜を越えたあとで、
待つのはほほえみ、欲しいのは微笑
甘い感傷と三文詩人になるこころ
そんなものが何になるというのだろう
多くの人はみな、夕焼けの美しさに心誘われて
一日の終わりをしみじみと感じる
窓辺の夕闇、ただよう夕暮れ
世界、宇宙はしなやかに空気をくゆらせながら
大きなエネルギーを放出し
西の天地を燃やすのだ
轟々と炎の音楽を響かせる
今日の空の雲たちは
いま、全て西に向かって流れている
そして。
今日の終わり、
雲は自らを夕焼けに突入させ
偉大な終焉の姿をさらす
ぼくは見る、一日の終わり
偉大な天の最後のすがた
偉大な天の偉大な最後
高まり燃え上がる夕暮れは
窓辺の人たちの心を誘う
少女よ、君の澄んだ瞳の中に
赤い赤い夕焼けの炎を
いつまでも燃やしているがいい
多くの人の感傷は
少女の微笑に消えるだろう
偉大な少女の偉大な微笑に
*
*
*
かつて在った日々、
ぼくの全存在が結集された日々、
あの短く素晴らしかった日々、
さらば世界
もう会うまい、もう出会うまい、もう会えないだろう
歌を歌おう、別れの歌、喜びの歌、生きている人間の歌を
かつて在った日々への数々の思いを
今断ち切ろう一日の終わり、
さらば世界よ
(了)
骨石「かつて在った日々への断章」
若き手書き原稿(1973)